カワゴケソウ科
カワゴケソウ科という植物を知っている人はほとんどいないと思います。そして、写真を見てもほとんどの人がカワゴケソウはコケだと思うでしょう。しかし、カワゴケソウ科は花を咲かせる被子植物の仲間です。コケではなく、サクラやチューリップの仲間ということです。では、なぜ、そのサクラやチューリップの仲間なのに、コケ植物のような見た目をしているのでしょうか。
それはカワゴケソウの生育環境が大きく関係しています。カワゴケソウ科植物は、熱帯亜熱帯地域の河川の激流環境の岩場に固着して生育します。つまり、激しい水流と硬い岩の隙間に生育しているのです。他の被子植物ように、地中に根を張り巡らせることもできなければ、光を求めて枝を伸ばし、葉を広げることもできないのです。扁平で緑色をした根が岩の上を這い、この根から葉と茎を出すという体制に進化しました。
シュートの発生過程と進化
花を咲かせる植物(被子植物)では、茎の先端にある茎頂分裂組織(Shoot Apical Meristem)と根の先端にある根端分裂組織(Root Meristem)が一生を通じて成長をつづけます。これら二つの分裂組織の働きにより、茎が伸び、葉や花などの器官をつけながら茎が伸びていき、地中では根を張り巡らせることができます。陸上で光合成を行なって栄養成長や繁殖活動をおこなう植物にとって、こうした体制(鉛直成長ボディプラン)は非常に適しています。そのため、被子植物のほとんどの分類群がこうした成長様式を持っています。しかし、例外はつきもの。一部の水生植物(カワゴケソウ科やウキクサの仲間)では、環境適応の結果、鉛直成長ボディプランをやめ、水平方向へ体軸を転換したボディプランを獲得しています。
カワゴケソウ科の約90%の種が属する派生的グループ(カワゴケソウ亜科)では、葉や茎のような器官が形成されるのですが、茎の先端に典型的なドーム状の茎頂分裂組織がありません。つまり、カワゴケソウは被子植物なのに、ほかの被子植物がもつ形態形成を行わずに、葉や茎(シュート)を形成していると考えられます。では、どのように茎や葉が形成されるのでしょうか??
これが私の研究人生最初のテーマでした。研究室の先生と先輩と相談して、被子植物で広く保存されている茎頂分裂組織を維持する遺伝子と葉が始原するときに発現する遺伝子をつかって、カワゴケソウのシュートで発現パターンを見ることにしました。
そうすると驚いたことに、カワゴケソウのシュートでは、最初は茎頂分裂組織の遺伝子が発現するのに、その発現が消えて代わりに葉で発現する遺伝子が発現することがわかったのです。つまり、カワゴケソウには茎頂分裂組織がないのではなく、本来は一生を通じて維持されるはずの茎頂分裂組織がすぐに葉に変わってしまうから、茎頂分裂組織がないシュートに見えたということだったのです。茎なのか葉なのかわからない、その答えは、茎と葉の合わさった曖昧なものだったということです。植物はこんなやり方で、新しい形態を獲得して、新たな環境へ適応するということがわかりました。